親密交際が浮き彫りとなったのは、大阪府警が平成17年に暴力団関係者の自宅などを家宅捜索した際、紳助さんからの直筆の手紙や、幹部の親族らと撮影した写真が見つかった。
島田紳介さんが、暴力団関係者と出会うきっかけとなったのが、10数年前に自信が起こした政治的トラブルだった。このトラブルは事務所であるよしもとも、島田紳介さん自信でも解決することができず、引退を考えていたところに、友人の元ボクシング世界王者、渡辺二郎被告から暴力団関係者を紹介された。
そして、その暴力団関係者の協力により、トラブルは解決された。島田紳介さんは、この二人の協力があったおかげで、政治的トラブルの解決から10年近く芸能活動を続けることができ、現在の地位を築くことができた。会見で「この十数年で5回ほどしか会ってない。芸能界のルールとしてセーフだと思っていた」と述べるも、今の芸能界でこの程度は通用されなかった。
■島田紳介の不祥事
2004年10月、同じ吉本興業に所属する勝谷誠彦の女性マネージャーが、紳助の尊敬する会社の社長や上司を呼び捨てにして話すのを聞き、その女性マネージャーを別室に無理やり連れ込み説教をしたが、反省の様子がまったくないと腹を立て、拳や物で殴る、髪をつかんで壁に打ちつける、顔に唾を吐きかけるなどの暴行を加え、全治一週間の頸椎ねんざを負わせた。
その後女性は「あなたに殴られて左耳が聞こえないんですよ。一生聞こえなかったらどうしてくれるんですか!」と反論している。
女性マネージャーは10月28日付で傷害容疑で告訴した。紳助は警察に訴えられたと知ると、暴行傷害の容疑を認め、テレビカメラの前で「100対0で僕が悪いです」、「被害者が芸能界を辞めろと言うならすぐに辞めます」と言って泣きじゃくっていた。
この時の吉本興業が出しだ処分は謹慎処分。
■友人、渡辺二郎被告とは(wikipediaより)
日本の元プロボクサー。
引退後の1995年夏に恐喝未遂で逮捕され起訴猶予処分になった。その後殺人事件で使用された自動小銃の売買に絡み銃刀法違反で逮捕・起訴され、親友である島田紳助の情状証人としての嘆願も実らず実刑判決を受け服役。
2008年には羽賀研二詐欺恐喝未遂事件で逮捕・起訴され、大阪地裁で無罪判決を受けるが、2011年に大阪高裁で懲役2年の逆転有罪判決を受け上告中。この事件では両者に有利な証言をした弁護側証人が偽証罪で起訴されている。
※羽賀研二詐欺恐喝未遂事件
2007年6月、羽賀が元会社社長の男性に未公開株を元値の1株40万円をかくして1株120万円でうりつけ、恐喝によって債務をのがれたとして逮捕された。恐喝未遂の共犯として元プロボクシング世界王者の渡辺二郎も逮捕された。
2011年6月17日、大阪高等裁判所は控訴審にて一審の無罪判決を破棄し、羽賀に懲役6年(求刑懲役8年)の実刑を言い渡した。6月20日、羽賀は判決を不服として最高裁判所に上告した。



